――安房

里見義豊の家臣ら、安房稲村城に里見実堯を討つ

事件

安房の里見義豊の家臣らが、義豊の叔父で里見家の実権を握る里見実堯を稲村城に襲い生害に追い込んだ。実堯享年50という。

義豊の父・里見義通の死後、幼少であった義豊に代わり、義豊成人までの後見役とされた里見実堯であったが、義豊が長じて後も実権を返さずにいた。この他正木氏らが重用される事への不満などもあって、義豊の家臣である中里氏(中里実次?)や三浦氏らが、評議の決しない内に稲村城を襲ったという。

房州柾木大膳大夫為里見義豊之被討、同伯叔里見左衛門大夫実堯入道被誅也、所残一族已下百首之要害ニ立籠ル、請当国之扶佐ヲ快元僧都記

この時討たれた柾木大膳大夫(正木大膳大夫)は正木通綱と見られる。父・実堯を討たれた里見義堯は、上総百首城に籠もって北条氏の支援を請うたという。

快元僧都記戦国大名里見氏