――武蔵

北条氏康、岩付太田資時との親交を図る

外交

山内上杉憲政らの河越城の包囲が続いている中、北条氏康は河越城東方の岩付城主・太田左京亮(太田資時・太田全鑑)との親交を図るため、その家臣・上原出羽守に書状を出して仲介を依頼した。

扇谷上杉家臣の岩付大田氏懐柔を通して包囲網を切り崩そうとしたと見られる。

上原文書関東戦国史(全)