――丹波

細川晴元、長尾景虎からの進物に対する礼状を送る

外交
細川晴元は、これより以前に越後の長尾景虎から贈られた鷹、馬に対する返礼として、景虎に礼状を送るとともに、香合、盆を贈った。

細川晴元は将軍・足利義輝(義藤)と対立。同年正月に義輝が近江朽木谷から京都へ入ると、丹波へ逃れており、この時も丹波にあった。なお、礼状の副状は波々伯部宗徹が付けているが、宗徹の副状の日付は同年6月13日となっており、当時の晴元側の状況が反映されていると思われる。

上杉家文書