1523年(大永3年)

前将軍・足利義稙没する
―阿波◆
前将軍の足利義稙が没する。享年58。(仮置き)

伊勢氏綱、北条氏を名乗る
―相模◆
伊勢氏綱が「相模太守」を自称して北条氏を名乗った(北条氏綱)。氏綱はこの年6月に箱根神社を新造し、父の伊勢宗瑞(北条早雲)を「相模故太守」、自らを「相模太守」として棟札を納めており、この頃に北条氏を称したと見られる。

千葉利胤が元服する
―下総◆
下総の千葉昌胤の嫡男・千葉利胤が元服した。慣例によれば千葉妙見宮にて行われる儀式であるが、小弓公方・足利義明が小弓城にあって千葉氏と敵対していたため、佐倉妙見宮で執り行われたという。

小弓公方方、下総小金へ侵攻し合戦となる
―下総◆
小弓公方・足利義明に与する軍勢が、下総小金へ進出。古河公方・足利高基方の高城氏らと合戦となり、高城家臣の石井新右衛門が討死している。合戦の詳細は不詳。

公卿補任: 大永3年
―京都◆
鷲尾隆康、二条尹房、大炊御門経名、徳大寺公胤、近衛稙家、久我通言、勧修寺尚顕、一条房通、日野内光、久我邦通、足利義稙、五条為学