1535年(天文4年)

原基胤、足利義明を攻めて小弓城奪還を図るも敗死する
―下総◆
下総千葉氏の筆頭重臣である原胤隆の子・原基胤(原孫次郎)が、足利義明に奪われたかつての居城・小弓城の奪還を企図して侵攻するが、敗れて戦死した。

今川氏輝、甲斐郡内にて武田信虎と戦う
―甲斐◆
駿河の今川氏輝が、北条氏綱と共に甲斐郡内(都留郡)へ侵攻。山中にて武田信虎の軍勢と戦った。

扇谷上杉朝興、相模へ侵攻し各地を放火する
―相模◆
扇谷上杉朝興が、甲斐へ出陣中の北条氏綱の留守を衝いて相模へ侵攻。大磯・平塚・一宮・知賀崎・鵠沼などを焼き払った。

鎌倉鶴岡八幡宮で敵退散の祈祷が行われる
―相模◆
扇谷上杉朝興の軍勢が各地を放火している中、鎌倉鶴岡八幡宮で敵退散の祈祷が行われた。また建長寺・円覚寺では僧達十余人が大般若経を真読している。

古河公方・足利高基が没する
―下総◆
古河公方の足利高基が没した。享年51。家督は嫡男・足利晴氏が相続し、引き続き小弓公方・足利義明に対抗する。

北条氏綱、関東各地の兵を率いて武蔵へ出陣、扇谷上杉朝興を破る
―武蔵◆
今川氏輝と共に甲斐に出兵していた北条氏綱は、扇谷上杉朝興の相模侵攻を受け帰国。安房・上総・下総・伊豆・相模・武蔵の兵を率いて武蔵河越方面へ侵攻し、朝興の軍を入間川で破った。